売り手が知っておくべきデューデリジェンスの基礎知識

M&Aの交渉が進むと、買い手企業による企業調査が行われます。これを「デューデリジェンス(DD)」と呼びます。
 
この調査への対応の仕方によって、最終的な売却条件は大きく変わります。今回は、デューデリジェンスを「調査される場」として受け身で臨むのではなく、自社の価値をしっかり伝えるチャンスとして活用するための方法をご紹介します。

売り手が知っておくべきデューデリジェンス(DD)の基礎知識

M&Aを成功させるには、デューデリジェンスへの理解と適切な対応が不可欠です。M&Aでは、買い手候補が見つかり、基本条件に合意した後、デューデリジェンス(DD)に進みます。
 
デューデリジェンスは企業調査のことで、買い手が公認会計士、税理士、弁護士などの専門家チームを編成し、売り手企業を詳しく調査します。
 
調査内容と期間
調査内容は、財務状況、法務、事業内容、人事労務など多岐にわたります。社屋や工場の実地調査が行われることもあります。
 
デューデリジェンス(DD)にかかる期間は、企業の規模や業種、調査範囲によって大きく変わりますが、一般的には1カ月から3カ月程度が目安です。
 
小規模な企業で調査範囲が限定されている場合は、2週間から1カ月程度で完了することもあります。例えば、1店舗の飲食店や小規模なWebサービスなどです。
 
一方、調査が複雑になるケースもあります。複数の事業所や子会社を持つ製造業、法規制の多い業種、海外取引が多い企業などでは、3カ月を超えることも珍しくありません。
 
デューデリジェンスの目的
この調査には、買収後の経営管理や事業統合の計画立案という目的があります。しかし、最も重要なのは、買い手がこの調査結果に基づいて「本当にこの会社を買うか(買収の可否)」と「最終的にいくらで買うか(買収金額)」を決定するということです。
 
売り手側の経営者や管理部門の担当者は、通常業務と並行しながら、求められる資料の提出や質疑応答に対応する必要があります。そのため、大きな負担がかかるのが実情です。
 
ただし、ここでの対応ひとつひとつが、買い手からの信頼に直結します。この調査をいかにスムーズに、そして誠実に乗り切るかが、M&A成功のポイントになります。

デューデリジェンスの主な調査項目

デューデリジェンス(DD)で買い手に求められる資料は多岐にわたります。事前に把握しておくことで、余裕を持って準備を進めることができます。
 
ここでは、一般的にどのような資料が求められるか、カテゴリー別に整理してご紹介します。

① 企業の基本情報

会社の概要や組織体制を示す資料です。
 
• 会社案内、製品・サービスのパンフレット
• 定款、直近の商業登記簿謄本
• 株主名簿、資本政策および株式移動に関する書類
• 組織図、役員名簿・役員略歴
• 取得許認可一覧

② 財務・税務関連

会社の財務状況と税務処理の適正性を確認する資料です。
 
• 直近3年間の決算書・税務申告書・総勘定元帳
• 税務調査の履歴、修正申告の履歴
• 預金通帳、銀行残高証明書
• 金銭消費貸借契約書(銀行借入の契約書)
• 売掛金・買掛金の明細、在庫明細
• 固定資産台帳、有価証券明細

③ 事業内容関連

事業の実態と収益構造を把握する資料です。
 
• 許認可証書のコピー
• 事業計画書、予算と実績の管理資料
• 顧客リスト・仕入先リスト
• 主要な顧客との契約書
• 営業会議・製造会議の議事録
• 社内システムの概要

④ 法務関連

法的リスクの有無を確認する資料です。
 
• 過去10年分の株主総会議事録・取締役会議事録
• 社内規程(就業規則、経理規程など)
• 重要な取引契約書、仕入契約書
• 不動産の賃貸契約書、設備のリース契約書
• 知的財産権に関する契約書
• 訴訟・紛争・クレームに関する記録

⑤ 人事・労務関連

労務管理の適正性と潜在的リスクを確認する資料です。
 
• 従業員名簿(年齢、入社年、資格、等級などを含む)
• 賃金台帳、就業規則
• 退職金規程などの各種規程
• 残業時間の記録、休暇取得の記録
• 懲戒処分の記録、労使紛争に関する記録
• ハラスメントに関する調査結果(ある場合)

⑥ その他の専門的調査

必要に応じて、以下の専門的な調査が実施されることもあります。
 
• 環境DD: 工場の環境汚染リスクなどの調査
• 資産設備DD: 設備の老朽化や修繕必要性の調査
• システムDD: ITシステムの安全性や保守状況の調査

デューデリジェンスで高い評価を得るために

買い手からのDDで高い評価を得るには、求められる資料に誠実に対応することが大原則になります。合理的な理由なく資料提出を拒んだり、対応が遅れたりすると、買い手は「何か隠しているのでは?」と不信感を抱き、会社の評価を下げる原因となります。
 
とはいえ、すべての情報を開示する必要はありません。例えば、以下のような情報は、M&A成立まで原則として非開示とするのが一般的です。
 
• 顧客別の値引き情報
万が一、買い手企業の営業部門に伝わると、最優良顧客への値引き水準を他の顧客からも要求され、収益性が悪化するリスクがあります。
 
• 仕入先別の原価情報
同様に、仕入交渉力が弱まる可能性があります。
 
• 具体的な研究開発の情報
技術流出のリスクがあります。
 
• 個人別の人事評価情報
プライバシーとモチベーションへの配慮が必要です。
 
最も大切なのは、買い手が「なぜその情報を求めているのか」という理由と背景を理解することです。
 
正当な理由があれば開示し、リスクがある場合は理由を明確に説明した上で断る、というメリハリのある対応が重要です。正当な理由に基づく非開示であれば、買い手も理解を示してくれます。
 
もちろん、出すべき情報は速やかに提出する必要があります。対応に時間がかかりすぎると、「管理体制が整っていない」「何か問題があるのでは?」と疑われ、評価を下げる要因となります。
 
そのためにも、デューデリジェンス開始前の「磨き上げ」の段階で、資料を整理し、すぐに提出できる状態にしておくことが大切です。また、開示しない情報については、その理由をあらかじめ整理し、即座に説明できるよう準備しておくことも重要です。
 
「磨き上げ」については以下で詳しくご紹介しています。
会社を高く売るには“磨き上げ”が必須な理由

マネジメントインタビューとは?

デューデリジェンス(DD)では、買い手企業が売り手企業の経営者や各事業部門の責任者に対して直接インタビューを行うことが一般的です。これを「マネジメントインタビュー」または「キーマンインタビュー」と呼びます。
 
買い手企業がM&A成立後の具体的な事業戦略を策定し、適切な経営管理を行うためには、現場の責任者から直接、事業の実態や課題を聞く必要があります。
 
また、これまでに提出された財務資料や事業計画が、現場の認識と一致しているかを確認する目的もあります。
 
このインタビューを通じて、以下のような重要な情報が得られます。
 
• それまで見過ごされていたリスクの発見
• 予想していなかったシナジー効果の可能性
• 現経営陣の能力や、買収後も任せられるかの判断材料
• 組織体制の強化が必要かどうかの見極め
 
こうした情報が得られるため、規模の大きなM&Aでは、ほぼ必ずマネジメントインタビューが実施されます。
 
売り手側としては、経営者だけでなく、各部門の責任者にも事前に準備をしてもらう必要があります。
 
事業の強みや課題、将来の展望について、明確に説明できるよう準備しておくことが重要です。

デューデリジェンスを成功させるための3つのポイント

デューデリジェンスは、M&Aにおける最大の山場であるともいえます。
 
このデューデリジェンスを無事に乗り切り、希望する条件でM&Aを成功させるために、売り手である経営者は何をすべきなのでしょうか。

ポイント① 早期からの事前準備(磨き上げの実施)

多くの経営者は、買い手候補が決まってから慌てて資料を準備し始めますが、それでは遅いです。買い手を探し始める前、M&Aアドバイザーと契約した直後の段階から準備を始めるのが理想です。
 
M&Aでは、あらかじめ自社で調査・整理をしておく「磨き上げ」という作業がありますが、これは、自社の「弱み」、「問題点」を、買い手に指摘される前に自ら把握しておくことも目的の一つになります。
 
例えば、以下のような問題を事前に発見し、対処します。
 
• 残業代の未払い: 潜在的な簿外債務として、事前に実態を把握し、M&Aに与える影響額を試算しておく
• 重要な取引先との契約書が未締結: 口約束になっている場合は、DDが始まる前に書面で契約を締結し直す
• 許認可の更新漏れ: 発見次第、すぐに再取得の手続きを行う
 
事前準備こそが、デューデリジェンスの時間を最短にし、交渉をスムーズに進めることができます。

ポイント② 専門家を活用する

デューデリジェンスの対応は、経営者一人や自社の管理部門だけでは難しいため、M&Aアドバイザーや弁護士、会計士といった専門家のサポートが必要です。
 
ただし、ここで注意したいのは、専門家に任せっぱなしにしないことです。専門家はM&Aの知識は豊富ですが、自社の事業の歴史や現場の感覚、戦略の背景までは把握していません。
 
買い手からの質問には、数字だけでは答えられないものも多く含まれます。買い手の疑問に的確に答えるためにも、専門家が作成した回答案には必ず自社で目を通し、最終チェックを行う姿勢が不可欠です。

ポイント③ 迅速かつ誠実な対応

デューデリジェンスの期間中、買い手は売り手の対応姿勢も見ています。
 
まず重要なのは迅速な対応です。質疑応答には、可能な限り速やかに回答することを徹底する必要があります。
 
次に重要なのが誠実さです。磨き上げで見つかった自社の「弱み」や「不利な情報」を隠すことは絶対に避けるべきです。
 
仮に、デューデリジェンスの過程で買い手が重大な問題を発見した場合、「他にも隠していることがあるのではないか」と疑心暗鬼になり、それまで築いてきた信頼関係は一気に崩れてしまいます。
 
不利な事実は、最初の段階から売り手側が自ら誠実に開示する必要があります。その際、事実を伝えるだけでなく、必ず具体的な対策とセットで説明し、「管理できている問題」として提示することが重要です。

まとめ

買い手から精査を受け、その結果で売却条件が決まるデューデリジェンスは、経営者にとって精神的な負担も大きいプロセスです。
 
だからこそ、買い手探しを始める前に、自社の強みと弱みを把握し、改善できる点は改善しておくことが重要です。この準備により、デューデリジェンスの結果は大きく好転します。
 
大切に育ててきた会社を正当に評価してもらい、希望する条件で売却するためにも、「磨き上げ」は欠かせない作業だといえます。

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