M&A失敗回避のための11のチェックリスト

M&Aは、事業規模の拡大、新規市場への参入、新しい技術の獲得といった経営課題を、時間という最大のコストをかけずに解決しうる選択肢です。成功すれば、企業の成長を大きく加速させるインパクトがあります。
 
一方で、多くのM&Aが「こんなはずではなかった」という結果に終わっているのも事実です。買収後に想定外の債務が見つかったり、キーパーソンが退職して事業が立ち行かなくなったりと、その失敗は深刻なダメージにつながりかねません。
 
なぜ、多くのM&Aは失敗に終わるのでしょうか。今回は、失敗の原因となりやすいポイントを、「①戦略・準備」「②DD・交渉」「③PMI(統合)」の3つのフェーズに分けてご紹介します。

【①戦略・準備フェーズ】 M&A全体の方向性を決める重要な段階

「戦略・準備フェーズ」は、M&Aプロジェクト全体の方向性を決める、最も重要な段階です。
 
この最初の段階でM&Aの目的が曖昧なままでは、その後の交渉や統合プロセスで判断基準がブレ、深刻な混乱を引き起こす可能性があります。実際、多くの失敗事例は、この段階での準備不足が原因となっています。
 
ここでは、「なぜM&Aを行うのか」というプロジェクトの目的を明確にする上で、絶対に外せない3つのチェックポイントをご紹介します。

M&Aの目的は明確か?

「なぜM&Aをするのか」という目的が明確でなければ、プロジェクトの全ての判断がブレてしまいます。
 
・交渉でどの条件は譲れて、どの条件は譲れないのか。
・買収後にどの事業を優先し、何を期待するのか。
 
全ての意思決定の拠り所となるのが、明確化された「目的」ではないでしょうか。
 
(曖昧な目的)なんとなく業界での存在感を高めたい
(明確な目的)成長著しい東南アジア市場へ参入するため、現地の販売網を持つA社を買収する
 
(曖昧な目的)事業規模を大きくしたい
(明確な目的)当社の開発力とB社の生産技術を組み合わせ、次世代製品の市場投入を2年早める
 
(曖昧な目的)面白そうな会社だから
(明確な目的)特定の特許技術と優秀なエンジニアチームを獲得し、研究開発部門を強化する
 
具体的な言葉を定義し、経営陣はもちろん、プロジェクトメンバー、そして最終的に両社の社員に至るまで、関係者全員が同じ未来を向いて進める状態を作ることが不可欠です。

なぜ「M&A」が最善の手段なのか?

M&Aはあくまで選択肢の一つです。自社開発や業務提携といった他の方法はないのか、他の選択肢と比較した上で、M&Aが本当に最善の手段なのかを客観的に見極める必要があります。
 
例えば、以下の3つの視点から妥当性を判断することもできます。
 
・時間:目的達成までのスピードは?
目的達成までに許される時間はどれくらいか。市場の変化が激しく、スピードが優先される状況であれば、「時間を買う」手段としてのM&Aが有効な選択肢となります。
 
・コスト:最終的な投資対効果は?
自社でゼロから開発・投資する場合と、企業を買収する場合とで、最終的な投資総額はどちらが合理的か。M&Aは一時的な支出が大きいですが、長期的な開発コストや機会損失も考慮して判断する必要があります。
 
・リスク:どちらのリスクが許容できるか?
「自社開発が失敗するリスク」と「M&A後の統合(PMI)がうまくいかないリスク」。これらを比較して、どちらが許容範囲で、よりコントロール可能かを評価します。
 
これらの多角的な検討を経て、「だからこそM&Aを選択する」という確固たる結論を持つことが、その後のプロセスを進める上での推進力になります。

成功を測る指標(KPI)は設定したか?

M&Aという大きな投資の成否を、どのように評価すべきでしょうか。「なんとなく良かった気がする」といった曖昧な感覚では、成功とは言えません。
 
M&Aの成果を客観的に評価し、必要に応じて迅速に軌道修正を行うために、具体的な指標(KPI)の設定は不可欠です。
 
・財務KPI
売上高、営業利益率、EBITDA、投下資本利益率(ROI)
 
・事業KPI
特定市場におけるシェア、新規顧客獲得数、クロスセル率、解約率
 
・組織KPI
キーパーソンの定着率、従業員エンゲージメントスコア、部門間の連携数
 
これらのKPIをM&Aの検討段階で設定することで、初めて「M&Aによって企業価値が本当に向上したか」という本質的な成果を測ることができます。

【DD・交渉フェーズ】見えないリスクを洗い出して価値を見極める

戦略・準備フェーズでM&Aの目的と基本方針を固めたら、次は交渉と調査(デューデリジェンス)の段階に入ります。
 
この段階で最も重要なのは、感情や期待に流されることなく、客観的な事実に基づいて冷静に判断することです。
 
多くの失敗事例では、「この会社なら必ずうまくいく」という楽観的な思い込みが、リスクの見落としや過大評価につながっています。

重要な調査項目を見落としていないか?

デューデリジェンス(DD)は、買収対象企業の実態を正確に把握し、潜在的なリスクを特定するための詳細な調査プロセスです。
 
財務・法務の調査はもちろん不可欠ですが、より深刻な問題につながりやすいのは、財務諸表に直接現れない事業や組織上のリスクです。
 
例えば、以下のような視点からリスクを評価する必要があります。
 
・事業リスク(ビジネスDD)
事業の将来性、市場での競争優位性、特定顧客への依存度など。
 
・人的リスク(人事DD)
キーパーソンの退職リスク、組織文化の不一致、従業員の士気など。
 
・システムリスク(IT DD)
システムの老朽化、統合の難易度、セキュリティ上の脆弱性など。
 
こうした事業や組織における潜在的なリスクを見過ごしたまま契約に進むと、期待したシナジーが得られないばかりか、想定外の追加投資が発生するなど、深刻な問題に直面することになります。

簿外債務のリスクと対策はできているか?

デューデリジェンス(DD)で特に注意したいのは、貸借対照表に計上されていない「簿外債務」です。
 
■ 主な簿外債務の例
・人件費関連    :未払残業代、退職給付引当金の積立不足など
・不透明な債務   :実態や返済条件が不明瞭な役員借入金など
・将来発生しうる費用:訴訟や製品保証などで将来発生する可能性のある費用
 
■ リスクへの対応策
これらの潜在的リスクを自社のみで完全に把握することは困難です。そのため、弁護士や公認会計士など外部の専門家と連携し、法務・財務の両面から徹底的な調査を行うことが不可欠です。
 
もし調査の過程でリスクが発見された場合、買収価格の引き下げを交渉したり、最終契約書に「万が一その問題が起きた場合は、売り手が責任を負う」といった内容の表明保証条項を追加したりするなどの対策が必要です。

撤退基準は設定しているか?

M&Aの交渉が本格化すると、「ここまでかけた時間と労力を無駄にしたくない」という意識や、対象事業への過度な期待から、冷静な投資判断を妨げる心理的バイアスが生じてしまいます
 
このような事態を避けるためには、以下の2点が不可欠です。
 
1. 客観的な企業価値評価(バリュエーション)の実施
交渉の論理的根拠となる企業価値を客観的に把握しておくことは大切です。
 
将来期待されるキャッシュフローに基づくDCF法や、類似企業の市場評価を参考にする類似会社比較法など、複数の評価手法を用いて多角的に価値を算定します。必要に応じて、外部専門家の知見を活用することも有効です。
 
2. 明確な撤退基準(上限価格)の事前設定
交渉が本格化する前の冷静な段階で、「いかなる場合でも超えられない上限価格」を組織として明確に定めておきます。この事前に設定したルールは、感情に流されて動きそうになることを防ぎます。

相手の組織文化などを確認したか?

「事業は人なり」という言葉が示すように、企業の本当の価値は、そこで働く人材や長年かけて醸成された組織文化ではないでしょうか。特に、創業オーナーのリーダーシップで成長した企業や、特定の技術者が事業の核となっている場合、その傾向が顕著です。
 
財務諸表などの定量データだけでは、こうした価値を正しく評価することはできません。必ず、相手企業の経営者や事業のキーパーソンと直接面談し、特に以下の点を見極める必要があります。
 
・ビジョンと戦略への共感
M&Aによって実現したい未来像を共有し、その実現に向けて共に進めるか。
 
・組織文化の親和性
双方の経営哲学や価値観、仕事の進め方に大きな隔たりはないか。
 
・経営者間の信頼関係
事業を共に推進するパートナーとして、長期的な信頼関係を構築できるか。
 
どれほど緻密な事業計画を描いたとしても、それを実行するのは「人」に他なりません。
 
経営陣の不和や組織文化の衝突は、買収後の統合プロセス(PMI)における深刻な障害となり、期待したシナジーを生み出すことは難しいです。

【PMI(統合)フェーズ】M&Aの成否はPMIで決まる

M&Aは、最終契約書に調印したら終わりではありません。むしろ、ここからが本当のスタートになります。
 
「M&Aの成否はPMIで決まる」と言われるほど、買収後の統合プロセス(PMI)は、M&Aの成功を左右する重要なプロセスです。
 
「戦略・準備フェーズ」「DD・交渉フェーズ」で計画・分析したシナジー効果を、実際の事業活動を通じて具現化していくのがPMIの役割になります。

統合後のPMIの準備はしているか?

PMIは、M&A成立後に行われる統合プロセスの総称です。その対象は、経営ビジョンや理念の共有といったソフト面から、人事・会計といった基幹システムの統合というハード面、さらには組織文化の融合まで、極めて多岐にわたります。
 
多くのM&Aが期待した成果を出せずに終わる原因、それは「PMIの準備不足」にあります。「契約してから考えよう」と後回しにすると、現場に混乱を招き、円滑な統合は望めません。
 
成功確率を高めるには、デューデリジェンス(DD)で得られる詳細情報をもとに、交渉と並行して統合計画の策定に着手することが理想です。
 
そのために不可欠なのは、PMI専任チームの早期立ち上げです。このチームは、交渉担当者とは別の視点で、DDから得られる情報(例:システムの違い、組織風土のギャップなど)をもとに課題を整理し、統合初日から実行可能なアクションプランを策定、M&A成立後は、統合実務を推進する役割を担います。

統合初日(Day1)、未来を示すメッセージを伝えられるか?

M&Aの公表直後、社員の間では自らの雇用や処遇、新しい組織文化への適応などについて、様々な不安や憶測が広がります。
 
この不安感を放置することは、組織の士気を低下させるだけではなく、キーパーソンを含む優秀な人材の流出を引き起こす直接的な原因となり得ます。
 
統合初日(Day1)は、こうした社員の不安を払拭し、新会社への期待感を醸成するための極めて重要な日です。ここで経営トップが全社員に対して、自らの言葉で明確なメッセージを発信することが、PMI成功の第一歩となります。
 
・M&Aの戦略的意義(Why)
 なぜ両社が統合する必要があったのか。
 
・新会社の共通ビジョン(Where)
 統合によってどのような未来を築き、どこを目指すのか。
 
・社員への期待と役割(How/Who)
 新たな価値創造の主役は社員一人ひとりであるという期待の表明。
 
大切なのは、未決定事項も含めて、誠実かつ透明性の高い情報開示を行う姿勢です。その経営者の姿勢が、社員の不信感を取り除き、信頼関係を築くための始まりになります。

重要なキーパーソンへの対策は万全か?

M&Aを通じて獲得したはずの最も重要な資産である「優秀な人材」が、統合プロセスの混乱を理由に流出することは避けたい事態です。
 
特に、自身の市場価値を客観的に把握している優秀な人材ほど、環境の変化には敏感であり、より魅力的な機会を求めて他社へ移るリスクが常に伴います。
 
この最悪の事態を避けるために絶対に欠かせないのが、キーパーソン向けの「リテンションプラン(引き留め策)」です。
 
経済的インセンティブ
一定期間の在籍を条件とした一時金(リテンションボーナス)や、新会社の成長に貢献することで価値が向上するストックオプションの付与など。
 
非経済的インセンティブ
新体制における重要なポジションや裁量権の付与、挑戦しがいのあるミッションの設定、将来の成長が期待できるキャリアパスの明示など。
 
何よりも重要なのは、「あなたは新しい会社でも絶対に必要である」という強いメッセージを、言葉だけではなく、具体的な処遇や役割という「形」で示すことです。

両社の良い点を融合させる計画はあるか?

PMIで最も難易度が高く、時間を要するのが「企業文化の統合」です。仕事の進め方、意思決定のプロセス、コミュニケーションのスタイルなど、長年かけて培われてきた文化の違いは、深刻な対立を生じさせ、生産性を阻害する要因となり得ます。
 
このプロセスで避けるべきなのが、買収側が自社の文化を一方的に押し付けることです。これは「支配」であり、相手側社員の心理的な反発を招きます。
 
目指すべきは「融合」であり、対話を重ねて相互理解を深め、互いの優れた点を尊重し、それらをかけ合わせることです。
 
この融合に不可欠なのは、相手企業が歩んできた歴史と、大切にしてきた価値観を、心から尊重することではないでしょうか。

【まとめ】チェックリストを活用し、M&Aを「成功」へと導く

M&Aのプロセスを「①戦略・準備」「②DD・交渉」「③PMI(統合)」の3つのフェーズに分けて、失敗を回避するための11のチェックポイントをご紹介しました。
 
全てのポイントが重要ですが、特にプロジェクト全体の成否を左右するのが、「なぜこのM&Aを行うのか」という明確な戦略目的と、「契約後の統合プロセス」です。
 
この2点が組織全体で共有されていれば、予期せぬ問題が発生しても、適切な意思決定を行うことができます。
 
M&Aの成功は、特別な手法でもたらされるものではありません。徹底した事前準備、客観的な分析に基づく緻密な計画、そして何よりも、それを着実に遂行する強い実行力です。
 
M&Aを検討される際は、ご紹介した11のチェックポイントを参考にしてみてください。

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